「物々交換の本棚」企画に見る、ことばが生み出すUX
こんにちは、Heberekeです。
先日、インターフェースデザイナーの中村勇吾氏がTwitterで言葉のデザインについてこんなつぶやきをされていました。
文章にはやっぱりそれぞれの「見た目」や「感じ」があって、(例えそれがウェブやアプリであっても)そこに対してデザインとして繊細に関わるべき局面がある、というかなり当たり前のことが、若いデザイナーには中々伝わらないのは、やっぱりブログ以降からなのかな。
— Yugo Nakamura (@yugop)2014, 3月 18
例えば今「フラットデザイン」と呼ばれているような潮流は、単に立体感を排除したデザイン、ということではなく、間の置き方、言葉の選び方、ユーザーへの歩み寄り方などを含めたトーンの総体なわけです。アプリなどにおける細かな言葉使いなども本来デザイナーが考えるべき領域。
— Yugo Nakamura (@yugop)2014, 3月 18
まさに! 言葉も大事な情報デザインで、ビジュアルと密接に関係する存在なんです。
今日は、わたしの経験した「ことばのデザイン」に関するエピソードについて、UX(ユーザーエクスペリエンス、ユーザー体験という意味)という観点から考えてみることにします。
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「物々交換の本棚」
「東京蚤の市」というイベントはご存知ですか? アンティーク雑貨屋さんが一同に集まる蚤の市で、「物々交換の本棚」という面白い企画があります。
これは「まだ見ぬ誰かと本の物々交換をしよう!」という企画で、会場には本を交換するための本棚が置かれています。
来場者は、中身が見えないようにラッピングした一冊にメッセージを書き添えて持って来る。それを会場の本棚に置く時に、かわりに他の人が持って来た一冊を選んで持ち帰る。
誰かが持って来た本をもらい、そして自分の本が誰かにもらわれていく……本を介した面白いコミュニケーションです。私も去年の秋に東京蚤の市に行くことになり、ラッピングした本を一冊持って会場へ向かいました。
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当日は、会場を訪れると本棚にはすでにたくさんの本が並んでいました。どの本もかわいらしくラッピングされ、贈り主からのメッセージが記されています。
「これからハワイに行く人におすすめです!」
「犯人は誰なのかハラハラしつつ、結末のどんでん返しにビックリします」
様々なメッセージが並んでいてしばらく目移りしていたのですが、ふと一冊の本が目に入りました。
ブルーストライプの包装紙でラッピングされた本には、持ち主からのメッセージでこう書いてあります。
「ストーブの前で読む本」
……これは? 中身が一体なんの本なのかわかりません。
たった10文字のことば。
ですがこのメッセージが目に入った時、ふっと脳内に
冬の寒い休日の午後、ストーブの前であたたかいお茶を飲みながらゆったりと本を読んでいる自分
という光景が思い浮かびました。
それが印象的でしたので「この本だ」という縁を感じ、本棚から連れて帰ることにしたのです。
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それ以来「あのメッセージ素敵だったな」とぼんやり気になっていたので、改めて分析してみました。すると、3つのポイントが見えてきました。
1つ目に、コンテンツベースではなく、ユーザーの体験ベースのメッセージになっている点。つまり、本の内容ではなく、贈り主が推奨する“この本を読むのに最適なシーン”をメッセージで提示することで、まだ見ぬユーザーに感情を呼び起こしたのです。
そして2つ目が、語りすぎず想像の余地を残している点。わかりやすくシンプルなメッセージなので、子供でも若者でもおばあちゃんでも、自分に近しいシーンの想像が出来ますね。
3つ目は、シーンの小道具に“ストーブ”をチョイスした点。ストーブということばからは、穏やかで、暖かみのあって、ゆったりとした時の流れを感じます。
類似表現はいくつかありますが、“暖炉”だとよりUXが向上しそうですが、日本の一般家庭にはあまりないのでシーンのファンタジー感が強くなる気がします。逆に“エアコン”“ホットカーペット”“こたつ”だと溢れ出る日常感で台無しですw
このように、たった10文字のことばでもユーザーの想像をかきたてることは可能です。
他の本のように、どんな内容の本なのかがわかるメッセージもけして悪くはないのですが、今回のような企画ではワクワク感があった方が強く興味を惹かれますよね。
デザイナーは「テキスト内容を考えるのは、ディレクターやプランナーなどそれ専門の人の仕事」という風に思いがち。だけど、言葉もデザインの一要素。情報を受け取る人の立場を想定し、ていねいに、わかりやすく、そしてワクワクを感じるようなことばになるよう、常に心がけたいと思いました。
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最後に、手元にやって来た「ストーブの前で読む本」とは一体何だったのか? と言いますと
オノヨーコさんの詩集「グレープフルーツジュース」でした。
お恥ずかしながら、今までオノヨーコさんについて「ジョンレノンの奥様」くらいの認識が無かったのですが、この本自体もまさしく言葉の力を感じさせてくれる力強い一冊でした。
いやー、この贈り主さんのセンスいいなぁ。
余談
ちなみに自分が持参した本は、もの作りをする人にとっての名著「アイデアの作り方」でした。私の書いたメッセージは……↓
「デザイナーのたまごの方にもらっていただけると嬉しいです」
思いっきりペルソナ(誰に届けたいか)を絞り込んでますね……一番反省せねばならないのは私です。はい。
東京蚤の市 http://tokyonominoichi.com/